88年の生涯
1475 – 1488
石と乳母
1475年、トスカーナのカプレーゼに生まれる。没落貴族の父は絵描きを恥とした。母を6歳で失い、石切りの村セッティニャーノで育つ。
「才能があるとすれば、乳母の乳と一緒にノミを吸い込んだからだ」。石の記憶が先に身体へ入った。
1488 – 1490s
メディチの庭
フィレンツェでギランダイオに学び、まもなくメディチ家の庭で古代彫刻に触れる。父の反対を押し切り、職人ではなく彫刻家になる。
ルネサンスの熱のなかで、人体を神の像として彫る野心が固まる。
1501 – 1504
ダヴィデ
捨てられた巨大な大理石から《ダヴィデ》を彫り出す。完成した像は共和国の象徴になり、彼は生きながら「神のごとき」と呼ばれる。
栄光は来る。幸福は、あまり来ない。
1508 – 1512
天井の四年
教皇に強いられ、得意でないフレスコでシスティーナの天井を描く。一人で足場に立ち、首は返り、絵の具が目に落ちる。
「私はもう画家ではない。ただの苦しむ者だ」。それでも《アダムの創造》は、指先の隙間に人類を置いた。

1536 – 1564
最後の審判、そして建築
還暦を過ぎて祭壇壁に《最後の審判》。晩年はサン・ピエトロのドームへ力を移す。1564年、88歳。
天才の生涯は称賛の連続であり、孤独の連続でもあった。