PAINTERS ─ 画家アーカイブ

マティス

Henri Matisse, 1869–1954

色彩の魔術師。晩年はベッドの上で切り絵。

生地

ル・カトー=カンブレジ

運動

フォーヴィスム

晩年

切り絵

没年

1954年、84歳

【本人の画風で再現】マティスの生涯 ─ 24:53。映像はマティスの画風をAIで再現したものです。

Life

84年の生涯

1869 – 1890

病室で開いた扉

1869年、フランス北部に生まれる。法律の書記になるはずだった21歳、盲腸炎の病室で母が絵の具を置く。

「楽園にいるような気持ち」。最初の革命は、ベッドの上で起きた。

この章を動画で観る(1:34〜)

1890s – 1905

野獣派

パリでセザンヌを学び、南の光に色を解放する。1905年のサロンで「野獣」と呼ばれる。帽子の女の緑のすじは、似せることをやめた印。

色彩は考えるものではなく、感じるものだ。

この章を動画で観る(6:11〜)

1906 – 1930s

ピカソとの緊張

同じ時代を、破壊と構築で分ける。マティスは平面と装飾、ピカソは形態の爆破。互いを意識し、互いを必要とした。

《ダンス》《金魚》《赤のハーモニー》。色が主役になる室内。

この章を動画で観る(8:28〜)

1941 – 1947

ハサミの革命

大手術のあと、立ち上がれなくてもハサミは握れる。色紙を切り、助手が壁へ貼る。寝室も天井も、色彩で埋まっていく。

《ジャズ》は、紙の即興だった。制限が、自由を発明する。

1948 – 1954

ロザリオ礼拝堂

ヴァンスの小さな礼拝堂を、光の総合芸術にする。ステンドグラス、法衣、壁画。1954年、84歳。

最も体が動かない時期に、最も自由な作品が生まれた。この章を動画で観る(15:15〜)

Style

マティスのパレット ─ 画風の解剖

動画の映像は、この画家自身の色と筆致をAIで再現しています。

切り絵の赤

生命そのものの色面

緑のすじ

顔を分割する大胆さ

南仏の黄

ニースの光

紙の青

イカロスの空

技法の核心は色を陰影の召使いから解放すること。線はハサミの一振りになり、形は色紙の輪郭そのものになる。制限が、自由を発明した。

Quiz

アートクイズ

動画とこのページを読んだあなたへ。3問だけ。

Q.1マティスが絵を始めたきっかけは?答えを見る

21歳の病室で、母が見舞いの絵の具を持ってきたことです。

Q.21905年に付けられた渾名は?答えを見る

野獣(フォーヴ)です。

Q.3晩年の技法は?答えを見る

切り絵。ベッドの上で色紙を切りました。

Visit

本物に会える場所

この動画が、実物の前に立つための入口になりますように。

NICE

マティス美術館

南仏の色彩の拠点。

VENCE

ロザリオ礼拝堂

光の総合芸術。

PARIS

ポンピドゥー・センター

20世紀フランス美術の文脈。

CATEAU

マティス生誕地の美術館

出発点を見る。

このページの絵について

本人作品は著作権保護のため掲載していない。動画は画風のAI再現。実物は上記の美術館で。

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