84年の生涯
1869 – 1890
病室で開いた扉
1869年、フランス北部に生まれる。法律の書記になるはずだった21歳、盲腸炎の病室で母が絵の具を置く。
「楽園にいるような気持ち」。最初の革命は、ベッドの上で起きた。
この章を動画で観る(1:34〜)1890s – 1905
野獣派
パリでセザンヌを学び、南の光に色を解放する。1905年のサロンで「野獣」と呼ばれる。帽子の女の緑のすじは、似せることをやめた印。
色彩は考えるものではなく、感じるものだ。
この章を動画で観る(6:11〜)1906 – 1930s
ピカソとの緊張
同じ時代を、破壊と構築で分ける。マティスは平面と装飾、ピカソは形態の爆破。互いを意識し、互いを必要とした。
《ダンス》《金魚》《赤のハーモニー》。色が主役になる室内。
この章を動画で観る(8:28〜)1941 – 1947
ハサミの革命
大手術のあと、立ち上がれなくてもハサミは握れる。色紙を切り、助手が壁へ貼る。寝室も天井も、色彩で埋まっていく。
《ジャズ》は、紙の即興だった。制限が、自由を発明する。
1948 – 1954
ロザリオ礼拝堂
ヴァンスの小さな礼拝堂を、光の総合芸術にする。ステンドグラス、法衣、壁画。1954年、84歳。
最も体が動かない時期に、最も自由な作品が生まれた。この章を動画で観る(15:15〜)