33年の生涯
1477/78 – 1490s
ヴェネツィアの光
カステルフランコに生まれ、ジョルジョ・バルバレッリと呼ばれる。家族の記録はほとんどない。人々は彼を「偉大なるジョルジョ」=ジョルジョーネと呼んだ。
水面に反射する柔らかい光が、線より先に色を教える土地だった。
1490s – 1500s
ベリーニの工房
ジョヴァンニ・ベリーニのもとで、ヴェネツィア派の色彩を学ぶ。同門にティツィアーノ。フィレンツェが素描なら、ここは色が骨格だった。
肖像《ローラ》すでに、意味を説明しない視線がある。
1500s
物語を描かない
当時の絵には必ず主題があった。聖書、神話、依頼主の顔。ジョルジョーネは、音楽のように気分だけを残そうとする。
理解されない日々が続いても、雰囲気を描くことをやめなかった。
1505 – 1508
嵐
《嵐(ラ・テンペスタ)》。授乳する女、杖を持つ男、廃墟、近づく雷。500年、誰も物語を確定できない。
絵は言語の翻訳ではなく、音楽のように気分のまま残る。

1508 – 1510
ペストの年
フォンダコ・デイ・テデスキの壁画など、共同と帰属の曖昧な仕事が残る。1510年、ペストで33歳前後。病床でも筆を離さなかったと伝えられる。
弟子も手紙も少ない。残ったのは、雰囲気という発明だった。