59年の生涯
1839 – 1857
パリのイギリス人
1839年、パリに生まれる。両親はイギリス人。父は絹貿易で成功し、少年時代は不自由がなかった。
18歳で家業修業のためロンドンへ。商売より、コンスタブルとターナーの空に心を奪われる。
この章を動画で観る(1:00〜)1860s
モネたちとのアトリエ
パリに戻り、グレールのアトリエでモネ、ルノワール、バジールと出会う。歴史画ではなく、目の前の天候を描く。
印象派の結成へ進むが、彼の画面は常に静かだった。
この章を動画で観る(3:30〜)1876
ポール=マルリの洪水
沈んだ村と、鏡のような増水。悲劇を叫びせず、光の異常を描く。代表作は、静かな災害の記録でもある。
サロンは彼を十分に抱かなかった。

1880s – 1899
モレ=シュル=ロワン
郊外の村に移り、同じ橋と空を描き続ける。喉頭がん。1899年、59歳、貧困のなかで没する。数か月後、価格が跳ねる。
生きているあいだ光を描き、光は死後にだけ当たった。
この章を動画で観る(17:30〜)