PAINTERS ─ 画家アーカイブ

ゴッホ

Vincent van Gogh, 1853–1890

生涯で売れた絵、たった1枚。37年間で見た地獄と光。

生地

オランダ・ズンデルト

画家としての活動

わずか10年

残した作品

約2,000点

生前に売れた絵

1点

【本人の画風で再現】ゴッホの生涯 ─ 18分14秒。映像はゴッホの画風をAIで再現したものです。

Life

37年の生涯

1853 – 1879

何者にもなれなかった青年

1853年、オランダ南部の小さな村ズンデルトに、牧師の長男として生まれる。16歳で画商グーピル商会に勤めるが解雇。書店員、教師、そして父と同じ聖職者を志し、ベルギーの炭鉱地帯で伝道師として働くも、貧しい坑夫たちに献身しすぎたことを問題視され、職を失う。

27歳になるまで、ゴッホは何者にもなれなかった。その挫折の底で、弟テオに宛てた手紙の中に、初めて「絵を描く」という言葉が現れる。

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1880 – 1885

27歳、画家になる

独学でデッサンを始め、貧しい農民や織工を描き続けた。1885年、32歳で最初の代表作《ジャガイモを食べる人々》を完成させる。暗い土の色で塗られた、ランプの下の農民の食卓。美しさよりも、働く人の手の正直さを描こうとした一枚だった。

この時期の生活を支えたのは、パリで画商として働く弟テオからの仕送りである。兄弟が交わした手紙は600通を超え、ゴッホの生涯を今日まで伝える最大の記録になった。

絵で、人の心に触れたい。「彼は深く感じ、やさしく感じる人だ」と言われるような絵を描きたい。─ 弟テオへの手紙より(1882年・大意)

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1886 – 1888

パリ、そして南仏アルルの光へ

1886年にパリへ出て印象派と日本の浮世絵に出会うと、パレットは一変する。暗い土の色は消え、色彩が爆発した。1888年、ゴッホ35歳。太陽を求めて南仏アルルに移り住み、画家たちの共同体「南のアトリエ」を夢見て、その部屋を飾るために描いたのが《ひまわり》の連作だった。

ゴッホ《ひまわり》1888年
《ひまわり》1888年 ナショナル・ギャラリー(ロンドン)所蔵

マルセイユの人がブイヤベースを平らげるような勢いで、僕はひまわりを描いている。─ 弟テオへの手紙より(1888年・大意)

しかし、招いたゴーギャンとの共同生活は2ヶ月で破綻する。1888年12月、激しい衝突の夜、ゴッホは自らの左耳を切り落とした。

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1889

療養院の窓から見た、星の渦

1889年5月、ゴッホは自らサン=レミの療養院に入る。発作の合間に、彼は病室の鉄格子の窓から見える夜明け前の空を描いた。それが《星月夜》である。実際の風景に、記憶の中の故郷の教会と、心の中の渦が重ねられている。

ゴッホ《星月夜》1889年
《星月夜》1889年 ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵

病と闘いながら、この1年だけで約150点を描いた。そして1890年2月、ブリュッセルの展覧会で《赤い葡萄畑》が400フランで売れる。生前に売れた、記録に残るただ1枚の絵である。

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1890

麦畑の上の、カラス

1890年5月、パリ近郊の村オーヴェル=シュル=オワーズへ。最後の約70日間で約80点という凄まじい速さで描き続けた。荒れる空の下の麦畑にカラスが舞うこの絵は、その最晩年の一枚である。

ゴッホ《カラスのいる麦畑》1890年
《カラスのいる麦畑》1890年 ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)所蔵

7月27日、麦畑で自らを撃ち、2日後の7月29日、駆けつけたテオに看取られて息を引き取った。37歳だった。テオもまた、兄の死からわずか半年後にこの世を去る。

悲しみは永遠に続く。─ 最期にテオへ残したと伝えられる言葉

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1890 –

死後、世界がゴッホを見つける

無名のまま死んだ画家を世界に届けたのは、テオの妻ヨハンナだった。彼女は遺された数百点の絵と手紙を守り、展覧会を開き、書簡集を出版する。ゴッホの言葉と絵は時代を超えて広がり、今、その作品の前には世界中から人が集まる。生前たった1枚しか売れなかった絵は、100億円を超える値で取引されるようになった。

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Style

ゴッホのパレット ─ 画風の解剖

動画の映像は、この画家自身の色と筆致をAIで再現しています。ゴッホの絵を「ゴッホらしく」しているのは、この組み合わせです。

クロムイエロー

ひまわりと麦畑の黄。アルル時代の主役

プルシアンブルー

夜空の青。黄との補色対比で互いを燃やす

コバルトブルー

《星月夜》の渦を作る中間の青

緑と土の色

オランダ時代の名残。糸杉と大地に生きる

技法の核心は補色対比(黄と青のように、混ぜれば濁るのに並べれば最も強く引き立て合う色の組み合わせ)と、厚塗り(インパスト)。絵の具をチューブから直接盛るように置く筆致は、乾いた今も立体として残り、実物の前に立つと絵が「動いて」見えます。それは印刷でも、映像でも、完全には伝わりません。だからこそ、実物を観てほしいのです。

Quiz

アートクイズ

動画とこのページを読んだあなたへ。3問だけ。

Q.1ゴッホの生前に売れたことが記録に残る絵は、何という作品?答えを見る

《赤い葡萄畑》。1890年、ブリュッセルの展覧会で400フランで売れました。約2,000点を残した画家の、記録に残るただ1枚です。

Q.2《星月夜》が描かれたのは、どこから見た風景?答えを見る

サン=レミ療養院の病室の窓。夜明け前の空に、記憶の中の故郷の教会と心の渦が重ねられています。現在はニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵。

Q.3ゴッホが画家を志したのは何歳のとき?答えを見る

27歳。画商、教師、伝道師とすべてに挫折した後の決意でした。37歳で亡くなるまで、画家としての時間はわずか10年です。

Visit

本物に会える場所

この動画が、実物の前に立つための入口になりますように。ゴッホの主要作品を所蔵する美術館です。

AMSTERDAM

ファン・ゴッホ美術館

世界最大のコレクション。《ひまわり》《カラスのいる麦畑》など油彩約200点。

OTTERLO

クレラー・ミュラー美術館

オランダの森の中の美術館。《夜のカフェテラス》など約90点。

NEW YORK

ニューヨーク近代美術館

《星月夜》はここに。1941年から常設展示。

PARIS

オルセー美術館

《自画像》《オーヴェルの教会》など晩年の傑作。

TOKYO

SOMPO美術館

《ひまわり》連作の一枚を日本で常設展示。東京・新宿。

このページの絵について

本ページに掲載している絵画は、すべてゴッホ本人の作品(パブリックドメイン)です。動画内の映像はゴッホの画風をAIで再現したものであり、本人の作品ではありません。動画では著作権等に配慮し実作品を使用していないため、本物の絵はこのページと、上記の美術館でご覧ください。

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