58年の生涯
1831 – 1838
川から拾った首
1831年、古河に生まれ、翌年江戸へ。定火消同心の家で、火事の町を見る。九歳、川辺の生首を拾い「描かせてほしい」と頼んだと伝えられる。
逃げない眼が、画鬼の始まりだった。
この章を動画で観る(0:05〜)1838 – 1850s
国芳から狩野へ
七歳で歌川国芳に入門し「よく見て描け」と叩き込まれる。身分を案じた母のもと、十歳で狩野派へ。荒々しい浮世絵と、幕府御用の正統を両方持った。
うますぎて、枠からはみ出す。
この章を動画で観る(1:33〜)1880 – 1881
妖怪と烏
《新富座妖怪引幕》を四時間で。内国勧業博覧会では《枯木寒鴉図》が賞を取る。「絵は安い、高いのは稽古料」。
鹿鳴館を設計したコンドルが弟子入りを願う。西洋が先に、天才を見た。
