PAINTERS ─ 画家アーカイブ

歌川広重

Utagawa Hiroshige, 1797–1858

東海道五十三次。雨を描く天才。

生地

江戸・八代洲河岸

家職

定火消し

代表作

東海道五十三次

没年

1858年、60歳

【本人の画風で再現】歌川広重の生涯 ─ 22:35。映像は歌川広重の画風をAIで再現したものです。

Life

60年の生涯

1797 – 1809

火消しの家の少年

1797年、江戸の定火消し同心の家に安藤重右衛門として生まれる。12歳で父母を失い、家督と消防の職を継ぐ。

武士の子の道は決まっていた。心だけが、絵のほうを向いていた。

この章を動画で観る(1:00〜)

1811 – 1830s

遅咲きの画号

14歳で歌川豊広の門へ。15歳で「広重」を許される。美人画や役者絵では大成せず、火消しの仕事と二足のわらじが長く続く。

風景絵師としての爆発は、まだ先だった。

この章を動画で観る(3:30〜)

1833 – 1834

東海道五十三次

幕府の行列に随行したとも言われる旅の記憶と、想像の宿場が混ざる。《庄野 白雨》の斜線は、雨そのものになった。

爆発的なヒットの裏側に、版元の企画と、空気を摺る職人技がある。

歌川広重 東海道五十三次より
東海道五十三次の世界各所蔵
この章を動画で観る(7:30〜)

1830s – 1840s

雨を摺る

ぼかし、余白、細い線の雨。広重は「もの」より「天候」を描いた。雪、霧、夜の川。

見る者は、墨のにおいに濡れる。

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1856 – 1858

名所江戸百景

晩年の《名所江戸百景》は大胆な近景と俯瞰で、江戸の終わりを記録する。1858年、コレラで60歳。

死後、その雨は海を渡り、ゴッホとモネの部屋へ入る。

この章を動画で観る(17:00〜)
Style

歌川広重のパレット ─ 画風の解剖

動画の映像は、この画家自身の色と筆致をAIで再現しています。

藍摺り

雨空と川面

和紙の余白

濡れた空気の沈黙

遠山の緑

霞む対岸

斜線の雨

庄野を走る線

技法の核心は天候を構図にすること。ぼかし摺りと余白で湿度を出し、人物は風景の尺度になる。西洋が学んだのは、物語ではなく、空気の切り方だった。

Quiz

アートクイズ

動画とこのページを読んだあなたへ。3問だけ。

Q.1広重の家職は?答えを見る

定火消し同心。幕府直属の消防です。

Q.2代表シリーズは?答えを見る

東海道五十三次です。

Q.3西洋で広重を模写した画家は?答えを見る

ゴッホが油絵で模写しました。モネも浮世絵を部屋に飾りました。

Visit

本物に会える場所

この動画が、実物の前に立つための入口になりますように。

TOKYO

太田記念美術館

浮世絵の優品を所蔵。

TOKYO

東京都江戸東京博物館

江戸の風景版画の文脈。

OBUSE

北斎館ほか各地の浮世絵コレクション

広重と北斎を並べて見る。

PARIS

ギメ東洋美術館など

海を渡った広重。

このページの絵について

本ページに掲載している絵画は、広重本人の作品(パブリックドメイン)です。動画内の映像は画風のAI再現であり、本人の作品ではありません。本物の絵はこのページと、上記の美術館でご覧ください。

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