47年の生涯
1907 – 1924
青い家の子ども
1907年、メキシコ・コヨアカンの青い家に生まれる。6歳でポリオを患い、右脚に障害が残る。「フリーダ・ラ・コハ」と呼ばれても、彼女は革命とともに生まれたと自らを位置づけた。
この章を動画で観る(01:06〜)1925 – 1926
18歳、折れた鉄
1925年、バスと路面電車の衝突。鉄の手すりが体を貫く。同じ車内の金粉が血に降り、誰かが「踊り子だ」と叫んだという。
30回を超える手術の始まり。最初の本格的な自画像は、ベッドの上から生まれた。
この章を動画で観る(04:30〜)1929 – 1939
象と鳩
1929年、ディエゴ・リベラと結婚。巨大な壁画画家と、小さな自画像の画家。流産、妹との裏切り、《二人のフリーダ》。痛みは私的な日記ではなく、メキシコの歴史と同じ平面に置かれる。
この章を動画で観る(08:24〜)1940 – 1954
翼があるのだから
脚の切断、コルセット、最後の《ビバ・ラ・ビダ》。2021年、自画像は約39億円で落札される。彼女は嘆く代わりに、正面を向いた。
「私は自分を描く。いつも一人で、私が最もよく知っている題材だから」。
この章を動画で観る(20:18〜)